ムーミン作家の繊細な素顔とは?世界から愛された『トーベ・ヤンソン』の生涯

ムーミン作家の繊細な素顔とは?世界から愛された『トーベ・ヤンソン』の生涯

世界中で愛され続けるムーミンの世界を生み出した女流画家トーベ・ヤンソン。戦争、親子関係、恋愛、画家への憧れと世間の評価に対する失意etc...生前に、ムーミンが大ヒットして 原稿作りに追われている最中も、彼女の人生は波乱と冒険に満ちていたようです。トーベ・ヤンソンの素顔とは?繊細で愛情豊かで勇気あふれる彼女の真の姿に迫ってみました。 2018年06月14日作成

カテゴリ:
アート・カルチャー
キーワード:
ムーミン
北欧
作家
生き方
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世界中で愛されるムーミン作家、トーベ・ヤンソンの生涯

みんなの人気者『ムーミン』の生みの親、トーベ・ヤンソンは、画家、小説家、漫画家、イラストレーター、詩人など、さまざまな顔を持つ多彩な人でした。

1945年にスタートした「ムーミン・シリーズ」は、長編・短編集あわせて9作品の小説や、コミック・舞台と多岐に渡り展開し人気を博しました。
1990年、トーべも弟のラルスと共に制作に関わった日本で作られたアニメ「楽しいムーミン一家」は、世界中でヒットしました。

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みんなの人気者『ムーミン』の生みの親、トーベ・ヤンソンは、画家、小説家、漫画家、イラストレーター、詩人など、さまざまな顔を持つ多彩な人でした。

1945年にスタートした「ムーミン・シリーズ」は、長編・短編集あわせて9作品の小説や、コミック・舞台と多岐に渡り展開し人気を博しました。
1990年、トーべも弟のラルスと共に制作に関わった日本で作られたアニメ「楽しいムーミン一家」は、世界中でヒットしました。

トーベヤンソンは、1914年にフィンランドで生まれました。

父は彫刻家、母は挿絵画家。

6歳ずつ離れた弟が二人います。

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トーベヤンソンは、1914年にフィンランドで生まれました。

父は彫刻家、母は挿絵画家。

6歳ずつ離れた弟が二人います。

芸術一家に生まれ、幼い頃から絵を描いたり物語を作ったり、芸術に親しんで育ったトーべ。
1931〜1933年には、ストックホルム芸術学校で挿絵、広告制作などの商業デザインを幅広くを学びます。その後フィンランド芸術アカデミー美術学校で画家コースに4年間在籍しました。

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芸術一家に生まれ、幼い頃から絵を描いたり物語を作ったり、芸術に親しんで育ったトーべ。
1931〜1933年には、ストックホルム芸術学校で挿絵、広告制作などの商業デザインを幅広くを学びます。その後フィンランド芸術アカデミー美術学校で画家コースに4年間在籍しました。

トーベは、86年の生涯を通してたくさんの作品を残した多作なアーティストでした。当時まだ15歳だった1929年から1953年までの長きに渡って、『ガルム』誌で風刺画を掲載。若かりし頃から家計を支えるために母と共に挿絵を制作し、ムーミンシリーズを終えた後も「ソフィの夏」「彫刻家の娘」など自伝的小説を書いたり、創作活動を精力的に続けました。86歳でその生涯を閉じる最後の日まで筆が止まることはなかったそうです。

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トーベは、86年の生涯を通してたくさんの作品を残した多作なアーティストでした。当時まだ15歳だった1929年から1953年までの長きに渡って、『ガルム』誌で風刺画を掲載。若かりし頃から家計を支えるために母と共に挿絵を制作し、ムーミンシリーズを終えた後も「ソフィの夏」「彫刻家の娘」など自伝的小説を書いたり、創作活動を精力的に続けました。86歳でその生涯を閉じる最後の日まで筆が止まることはなかったそうです。

戦争の暗い時代から生まれた光

戦争が産んだ父との確執

トーベの父は気鋭の彫刻家でしたが、主に家計を支えていたのは当時人気の挿絵作家であった母だったようです。戦争体験によって傷つき、暴君のように振る舞う父との間には深い確執が生まれました。トーベは、母を連れて外国に行くことを何度も考えたそうです。しかし、母は大きな愛情で父を愛し続けました。親子関係の溝も時間が経つにつれて埋められていったようです。

出典:

トーベの父は気鋭の彫刻家でしたが、主に家計を支えていたのは当時人気の挿絵作家であった母だったようです。戦争体験によって傷つき、暴君のように振る舞う父との間には深い確執が生まれました。トーベは、母を連れて外国に行くことを何度も考えたそうです。しかし、母は大きな愛情で父を愛し続けました。親子関係の溝も時間が経つにつれて埋められていったようです。

親子二代で挿絵作家。母との心温まる関係

トーベと父との関係は緊迫したものでしたが、母とは暖かく密接な愛情関係で結ばれていました。トーベは母の挿絵の仕事を手伝うこともあり、母娘ともに力を合わせて暮らしていました。愛情豊かなムーミンママというキャラクターが生まれたのは、そんな母との絆があったからこそかもしれませんね。

出典:

トーベと父との関係は緊迫したものでしたが、母とは暖かく密接な愛情関係で結ばれていました。トーベは母の挿絵の仕事を手伝うこともあり、母娘ともに力を合わせて暮らしていました。愛情豊かなムーミンママというキャラクターが生まれたのは、そんな母との絆があったからこそかもしれませんね。

自分のために書き始めたムーミンのお話

戦争続きの暗い時代。トーベは、画家として絵を売り、雑誌に風刺画を描き、挿絵作家、商業イラストレーターとして生計を立てていました。トーベの風刺画は人気で、風刺画作家として高い評価を得ました。けれど戦争は、恋人や友人、家族の絆など、多くのものを否応なく奪い、繊細な彼女の心も引き裂いてしまいました。時代の流れに翻弄される中で、自分自身を楽しませるために書き始めた物語がムーミンだったのです。

出典:

戦争続きの暗い時代。トーベは、画家として絵を売り、雑誌に風刺画を描き、挿絵作家、商業イラストレーターとして生計を立てていました。トーベの風刺画は人気で、風刺画作家として高い評価を得ました。けれど戦争は、恋人や友人、家族の絆など、多くのものを否応なく奪い、繊細な彼女の心も引き裂いてしまいました。時代の流れに翻弄される中で、自分自身を楽しませるために書き始めた物語がムーミンだったのです。

「あの頃は、怯えている人たちが世界中に溢れていた。だからこそ、ムーミンの物語の多くは、なんらかの恐怖に打ち克つ内容になっているのよ。」

出典:ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン

愛に生きた人生

若い頃のトーベは恋多き女性で、異性の恋人が何人もおり、結婚同然の関係を長らく続けていました。親友と交わした若き日のトーベの手紙には、結婚したいという想いも綴られています。

出典:

若い頃のトーベは恋多き女性で、異性の恋人が何人もおり、結婚同然の関係を長らく続けていました。親友と交わした若き日のトーベの手紙には、結婚したいという想いも綴られています。

パートナーとの運命的な出会い

そんなトーベの運命を変えたのは、一人の女性でした。アーティストであるトゥーリッキ・ピエティラと出会い、本当の愛とは何かを知ったようです。恋多きトーべでしたが、このような安らかな気持ちになる恋ははじめてだと彼女へのラブレターにも綴っています。と同時に、彼女を心から愛したことにより、自分は同性愛者なのだろうか?と思い悩み、葛藤することになります。当時は同性愛が許される時代ではありませんでした。同性愛は犯罪・病気・宗教の重罪とされる時代であり、同性愛者たちは、婚姻関係を持つことで身の潔白を証明する人も少なくはありませんでした。そんな中でトーべは生涯独身を貫きます。

出典:

そんなトーベの運命を変えたのは、一人の女性でした。アーティストであるトゥーリッキ・ピエティラと出会い、本当の愛とは何かを知ったようです。恋多きトーべでしたが、このような安らかな気持ちになる恋ははじめてだと彼女へのラブレターにも綴っています。と同時に、彼女を心から愛したことにより、自分は同性愛者なのだろうか?と思い悩み、葛藤することになります。当時は同性愛が許される時代ではありませんでした。同性愛は犯罪・病気・宗教の重罪とされる時代であり、同性愛者たちは、婚姻関係を持つことで身の潔白を証明する人も少なくはありませんでした。そんな中でトーべは生涯独身を貫きます。

トーベは、同性愛者だということを声高に表明することはなかったものの、隠そうともしませんでした。批判に晒されることもあったようですが、彼女は気丈な姿勢を貫きました。そんなトーベの勇敢さは、同時代を生きる同性愛者たちにも勇気を与えたのだそうです。

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トーベは、同性愛者だということを声高に表明することはなかったものの、隠そうともしませんでした。批判に晒されることもあったようですが、彼女は気丈な姿勢を貫きました。そんなトーベの勇敢さは、同時代を生きる同性愛者たちにも勇気を与えたのだそうです。

ムーミン作家として、画家として

芸術家でありたかったトーベ・ヤンソン

芸術家であることを天命と考えていたトーベヤンソン。ムーミンが世界中で有名になった後も、彼女は画家として再スタートを切ります。

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芸術家であることを天命と考えていたトーベヤンソン。ムーミンが世界中で有名になった後も、彼女は画家として再スタートを切ります。

ムーミントロールとともに過ごした期間は、夫婦生活のようでした。ムーミンと別れたがっている自分がいるということは、だいぶ前から自覚しています。何年も前からわたしがムーミントロールに飽きてしまっていたことに、恐らくあなたも気づいていたでしょう。いまや、もっと飽きています。

(中略)

彼は親切に、しかし恐ろしいほど率直にわたしにこう言いました。
「トーベ、気をつけなさい。間もなく誰もが君のことを、芸術家を志すただの連載漫画家とみなすようになるから。」

当時、わたしはムーミン一家とは単に遊んでいるだけのつもりで、自分は芸術家だと思っていました。

出典:ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン

弟がムーミンコミックを引き継ぐ

トーベ・ヤンソンは、弟のラルスとともにイギリスの新聞社でムーミンコミックスを連載していました。弟のラルスは、最初翻訳をしていただけでしたが、やがて題材を一緒に考えるようになりました。弟のラルスは、絵を描いたことはなかったそうですが、技術的にも芸術的にもトーベを驚かせるレベルになり、最終的にムーミンコミックスを引き継ぎました。

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トーベ・ヤンソンは、弟のラルスとともにイギリスの新聞社でムーミンコミックスを連載していました。弟のラルスは、最初翻訳をしていただけでしたが、やがて題材を一緒に考えるようになりました。弟のラルスは、絵を描いたことはなかったそうですが、技術的にも芸術的にもトーベを驚かせるレベルになり、最終的にムーミンコミックスを引き継ぎました。

画家としての再出発

「こんなに長く休んでいたので、新たな一歩を踏み出すのはとても難しい。昔のように画家として仕事をする感覚を失ってしまい、かといって新しい方向性があるわけでもないのだから。誰もわたしのことをもう画家として認めてくれないわ。わたしは有名なムーミンママ。それ以外の何者でもないのよ。どんなことも、とっかかりが大変だとわたしは思う。」

出典:ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン

ムーミンで築き上げた名声や世界中の読者の期待を自ら過去のものにして、画家として再出発するのは並大抵のことではなかったはず。「大切なのは、自分のしたいことを自分で知ってるってことだよ」というスナフキンの名言にもあるように、作者である彼女もまた自分というものをしっかり持ち、勇気ある選択をします。ムーミン作品から離れ、絵を描き、大人向けの小説も書きました。地位や名誉やお金ではなく、彼女は最後まで、自分自身の正直な気持ちと暮らしを守ることを大切にし続けたのです。

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ムーミンで築き上げた名声や世界中の読者の期待を自ら過去のものにして、画家として再出発するのは並大抵のことではなかったはず。「大切なのは、自分のしたいことを自分で知ってるってことだよ」というスナフキンの名言にもあるように、作者である彼女もまた自分というものをしっかり持ち、勇気ある選択をします。ムーミン作品から離れ、絵を描き、大人向けの小説も書きました。地位や名誉やお金ではなく、彼女は最後まで、自分自身の正直な気持ちと暮らしを守ることを大切にし続けたのです。

世界中から届く子ども達の手紙すべてに返事を

「トーベ・ヤンソンという作家はなぜこれほどまでに愛されるのか」、それを裏付けるエピソードのひとつに、彼女のファンである子ども達から届く手紙に、返事を書き続けていたことがあげられます。ムーミンの物語が世界で翻訳されるに伴って増え続ける手紙。どれだけ時間があっても足りないくらいの膨大な量の手紙に返事を書き続けるということを、トーベは決してやめようとはしませんでした。

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「トーベ・ヤンソンという作家はなぜこれほどまでに愛されるのか」、それを裏付けるエピソードのひとつに、彼女のファンである子ども達から届く手紙に、返事を書き続けていたことがあげられます。ムーミンの物語が世界で翻訳されるに伴って増え続ける手紙。どれだけ時間があっても足りないくらいの膨大な量の手紙に返事を書き続けるということを、トーベは決してやめようとはしませんでした。

子ども達から届く手紙に多くの愛情を感じていたようで、大きな愛情を持って手紙の返事を書き続けました。手紙を書くことで、自らの制作の時間は削られました。1980年代には、年間約二千通の手紙が届いていたといわれています。その膨大な手紙に、すべて自筆で個人的に返事を書いていたということもまた、多くの名作を残した彼女の偉業の一つといえるでしょう。

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子ども達から届く手紙に多くの愛情を感じていたようで、大きな愛情を持って手紙の返事を書き続けました。手紙を書くことで、自らの制作の時間は削られました。1980年代には、年間約二千通の手紙が届いていたといわれています。その膨大な手紙に、すべて自筆で個人的に返事を書いていたということもまた、多くの名作を残した彼女の偉業の一つといえるでしょう。

おわりに

ムーミンという名作を生み、その生涯を通じ、多くの人に愛されたトーベヤンソン。彼女の生涯を丁寧に紐解いていくと、私たちと同じように、日々、恋愛や仕事に悩みながら、「自分自身」として生きることを模索し続ける一人の等身大の女性の姿がありました。特に彼女が残した手紙には、多くの葛藤がそのまま綴られています。「何を成すか」ということに目を向けるのではなく、「どう生きていきたいのか?」を大切に― そんな視点を彼女の人生は、私たちに差し示してくれているように思います。

ムーミンという名作を生み、その生涯を通じ、多くの人に愛されたトーベヤンソン。彼女の生涯を丁寧に紐解いていくと、私たちと同じように、日々、恋愛や仕事に悩みながら、「自分自身」として生きることを模索し続ける一人の等身大の女性の姿がありました。特に彼女が残した手紙には、多くの葛藤がそのまま綴られています。「何を成すか」ということに目を向けるのではなく、「どう生きていきたいのか?」を大切に― そんな視点を彼女の人生は、私たちに差し示してくれているように思います。

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