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vol.83 fua accessory・木村久美子さん -“時”を編み、受け継がれるジュエリー | Amorpropio- amorpropio.info
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vol.83 fua accessory・木村久美子さん
-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

「私だからこそできること」を見つけるのはそう簡単なことではなく、ときに遠回りも必要なのかもしれません。迷いながらもそれを探し続けた木村久美子さんがようやくたどり着いたのは、昔からすぐそばにあった”編み物”でした。――編み物を、上質なジュエリーに。と、極細のミシン糸を丁寧に編んで作られるfua accessory(フウア アクセサリー)。そのはじまりを辿っていくと、母の存在と編み物の色あせない記憶がありました。(2018年05月11日作成)

写真:岩田貴樹 文:Amorpropio編集部

カスミソウのように繊細に揺れるジュエリー「はじまりの時」

vol.83 fua accessory・木村久美子さん
-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

ふわふわとカスミソウのように軽やかにゆれるのは、fua accessory(フウアアクセサリー)の「はじまりの時」。

極細の糸とビーズで編まれる立体的なジュエリーは、唯一無二。どこかアンティークのような、時を経た魅力を感じます。
(画像提供:fua accessory)

(画像提供:fua accessory)

(画像提供:fua accessory)

(画像提供:fua accessory)

肌のうえにのせると、ふわりとやさしい表情。

普段使いにもなじんで心を弾ませてくれる一方、一生に一度の大切な日に花嫁さんのピュアな魅力を引き立て、かと思えば、年齢を重ねた肌のうえでは深みのある美しさを際立たせてくれます。

日常にも、特別な日にも。そして花嫁さんからも、80代の女性からも。シチュエーションや世代を越えて愛される不思議なジュエリーです。そんなジュエリーを生み出したfua accessory代表の木村久美子さんに会いに、福岡市内のちいさなアトリエを尋ねました。
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-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

髪の毛のような極細の糸を編み込んで作られる。金属の糸をはじめ、アレルギーの人も着けられるようポリエステルのものも

髪の毛のような極細の糸を編み込んで作られる。金属の糸をはじめ、アレルギーの人も着けられるようポリエステルのものも

極細の糸は、編んでいる途中でからまってしまうと、ほどくのに数時間かかることも。結婚式で着用してくれる花嫁さんを想い、2本取りの糸は切らないように。どうしてもほどけないときは、また最初から編みなおす

極細の糸は、編んでいる途中でからまってしまうと、ほどくのに数時間かかることも。結婚式で着用してくれる花嫁さんを想い、2本取りの糸は切らないように。どうしてもほどけないときは、また最初から編みなおす

探し続けたのは、不器用な自分にできる唯一のこと

「本当に、なんっにもできない子だったんです」
幼少期の様子を聞くと、小鳥が鳴くような可愛らしい声でそう答える木村さん。

目を見張るほど美しい繊細なアクセサリーを生み出す人が不器用だったなんて、まさか。冗談かと思いきや木村さんは真剣そのもの、その目は潤んでいました。

「勉強に運動、そしてコミュニケーションも苦手で……本人は、やる気があって前のめりなんです。でもなんにも報われなくて。母も半分あきらめモードで、とにかく目立たないように普通に、といわれて育ちました」
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なんども「なにもない」と話す木村さん。意外にもfua accessoryをはじめるまではクリエイティブなこととは無縁だったといいます。

「高校進学の際には『とにかく手に職を』という母の希望もあり、看護師を目指して衛生看護科のある高校へ進みました。でも、もう、どうしようもない落ちこぼれで……。戴帽式*のための試験も私だけ落ちてしまい、合格した後、私ひとり保護者ひとりで行われた式は、親子でせつない思いをしました」
当時を振り返り、笑って話す木村さんですが、自ら希望したわけではない道ながら懸命に努力したのであろうことが伝わります。
*戴帽式(たいぼうしき)―看護系の学校で、学生たちが初めての病院実習にいどむ際に、教員が学生ひとりひとりにナースキャップをあたえる儀式
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「幼少の頃から秀でたものがなく、むしろ学生の頃はマイナスでした」といいながも、当時から”自分はなにか表現する人になる”という根拠のない確信があったといいます。
自分の世界に溜まっていくものを表現したくて、疼く感覚だけをひっそりと抱えていました。
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努力が報われないことに
落ち込む日々
そんな想いに反して、卒業後、准看護師として検査機関に就職した木村さんを待っていたのは、検査で使用した機械をひたすら洗う日々。毎日何時間も機械を洗いながら考えるのは「自分にはなにができるのか」、そんなことばかりでした。

「表現」することへの積もり積もった想いはついに、木村さんを行動に駆り立てます。
「24歳のときに突然、何を思ったかヘアメイクの学校に通いだしたんです。母の猛反対を押し切って、勝手に学校も決めてきて」
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しかし、それも本人の努力に反して身にはならなかったと話します。
「不器用ながらしがみつくように必死で頑張ったんです。けど、ものにならなくて。先生たちからも『看護師なのになんで』と異質な存在にみられてて。そこで唯一ほめられたのがメイクではなくて、コラージュ。雑誌を切り抜いてメイクのイメージを作るんですけど、世界観を構築するのが得意だったのかもしれないです。それが後にも先にも唯一ほめられた経験でした」

卒業後、1年間フリーのヘアメイクとして活動した木村さんでしたが、軌道にのせるのが難しく、再び看護の仕事に戻ることに。
暗闇から救ってくれたのは、
編み物だった
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-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

反対を押し切ってまでヘアメイクの学校に通った決断は、木村さんにとって決死の覚悟だったのでしょう。ヘアメイクの仕事をあきらめ正看護師の資格をとった後、病棟勤務をする木村さんを襲ったのは、心の不調でした。
「気持ちに反してやりたくないことをやってるので、精神に不調をきたしてしまって。ひとりでは外出できないくらいの精神状態が1年ほど続いてしまったんです」

そんなとき、思いがけず木村さんを救ってくれたのが、編み物でした。
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「無心でひたすら編んでいくと、どんどんどんどん忘れていくんです……嫌なことを。自分のなにかを消費するためだけに編んでるから、でき上がるのは"いびつ"なものばかりでしたけど。編んでるときは、ただただ幸せでした」

それは、”編む”という行為をとおして、自分の内側に溜まっていたなにかを吐き出していくような感覚だったといいます。編めば編むほど、木村さんは健全な精神を取り戻していきました。

「その頃を振り返って母が『編み物が救ってくれたね』って。それくらい、ひたすら編んでいました」
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-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

思えば、小さな頃からいつも、すぐそばに編み物がありました。
――母が高校のころに作った美しいビーズのバックを七五三でもたせてもらい、すごくうれしかったこと。母が使う編み機の、がっちゃんがっちゃんという音が常に生活のなかにあったこと。どうしても自分で編めるようになりたくて、母の横で見よう見まねで編み方を覚えたこと。

編み物の音や感触、編むことの楽しさは、幼少期の思い出とともに木村さんのなかに鮮やかに刻まれていたのです。
木村さんのお母さまが作ったという、ビーズ編みのバック。「当時はもっとキラキラしていて憧れでした」というバックは、いまや立派なアンティークの風格。木村さんと一緒に時を重ね、深みのある飴色に

木村さんのお母さまが作ったという、ビーズ編みのバック。「当時はもっとキラキラしていて憧れでした」というバックは、いまや立派なアンティークの風格。木村さんと一緒に時を重ね、深みのある飴色に

”編み物”を上質なジュエリーに

編み物のお陰で心のバランスを取り戻し、その後、結婚・出産を迎えた木村さんに不思議なご縁がやってきます。

「生後6ヶ月の子供を抱いて近所を散歩していたら、ちいさな空間にアクセサリーや雑貨を並べた『みずや』という素敵なお店を見つけて。そこで、後にうちのスタッフとして働いてくれることになる店主の落水さんが、わたしの作品を置いてくれることになったんです」
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-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

2010年、そうしてfua accessoryの前段階となる『風亜(フウア)』が誕生しました。はじめは毛糸で編んだニット小物などを制作していた木村さんですが「素敵な人に自分の編み小物を身につけてもらいたい」という気持ちから、毛糸では作れない洗練されたジュエリーの制作に乗り出します。

「当時の福岡では、感度が高く独自のスタイルをもった30代以降の女性たちが沢山いて。もう、とにかくかっこよくて憧れだったんです。でも、そういう人たちは、私が作るニットの編み小物は手に取らないだろうって思ったんですよね。だったら、そういう素敵な人に身に着けてもらえるものを作りたい。『美しいジュエリーのような編み物を作ろう!』と思ったんです」


彫金のジュエリーに勝るようなものを編み物で作る。

そんなことを考えたのは木村さんが初めてかもしれません。金属で作られた糸を取り寄せてみたり、ビーズを編み込んでみたり……材料からなにから手探り状態の試行錯誤がはじまりました。
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-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

作っては店主の落水さんに見せ、意見を取り入れて何度も試作を繰りかえし、「これならイケる」と思えるものへたどり着きました。そうして仕上がったジュエリーには、揺るぎない自信があったといいます。

それまでなにをしても評価されたことがなかった木村さん。ようやく「これ」というものを見つけたときの行動力には、凄まじいものがありました。
ツテもなにもないなか、まだ小さな子供と妊娠中の大きなお腹をかかえ何軒もひたすら売り込みにまわり、すべて断られたことも。くやしい思いをしながらも、そのたびにさらなる改良を重ね、どんどん質の高いものにしていきました。
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-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

すると、徐々に努力が実っていきます。福岡県内のショップで作品展をさせてもらえるようになったり、『みずや』が移転した後を風亜のアトリエとして引き継ぐことになったりと、徐々にブランドが形になっていきました。
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-“時”を編み、受け継がれるジュエリー

「編み続けなさい」空耳のように聴こえたことば

「そのころ、私の母がモデルをしてくれたんです」
と、初めてアトリエで開いたという展示会のパンフレットをみせてくれた木村さん。

テーマは、”受け継ぐ”。

「幼いころ母からもらった編み物の感触からはじまったものが、fua accessoryの商品として誰かの手に渡っていく。やがて糸はくちていって、ビーズはアンティークになるでしょう?でも、それをまた私に託してくれれば、編みなおすことができる……それまでも、今までも、ずっと抱えている”受け継ぐ”という感覚で制作したものなんです」

そのパンフレットの表紙は、重ねられた木村さんとお子さんの手のひらにお母さまがfua accesoryのジュエリーを手渡す、親子3世代が1枚に収まったもの。
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それまでずっと木村さんの仕事に反対していたけれど、そのときはモデルのお願いに応じてくれたというお母さま。
「カメラマンさんやスタッフなどを交え、なごやかな雰囲気で撮影していたとき、母が初めて私の活動を認めてくれるようなことを言ってくれたんです。『ずっと娘がやってることを反対してたんですよ。でもね、認めようって思って。それで、モデルも引き受けたんです』って。写真もすごくいいものが撮れて……そして、その2週間後に母が亡くなったんです」
(画像提供:fua accessory)

(画像提供:fua accessory)

脳出血で倒れ、突然亡くなったお母さま。そのころ、納品のため自宅で制作に励んでいた木村さんのもとに、とつぜん空耳のような声がきこえたといいます。


――編み続けなさい。


「気のせいかな?と思ったけど、確かにそう聴こえたんです。ただの偶然かも知れないですけど、私には母の言葉のような気がして……次のステップに進む後押しをしてくれたというか。それが木村久美子個人としての、新たな道を示してくれました」
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そのころを堺に、ブランド名を「風亜」から「fua accessory」へ。ジュエリーブランドとして大きく前進していくこととなりました。

時や空気を編み込むことで、初めて”fua accessory”になる

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――時と空気を編み込む

fua accessoryのテーマでもあるこの意味について尋ねると、木村さんは「アトリエに漂っている空気や編み手の人の気持ち、醸し出してるオーラ……そういうものぜんぶを含めたものが商品になっている」と話します。

「fuaには編み手さんが3人いるんですけど、みんなでここで笑いながら編んでたりするんです。きゃっきゃと賑やかな感じで(笑)。みんな今までいろいろなことがあって人生経験を重ねてる人ばかりだけど、だからこそ強く明るく笑えるというか。アトリエの笑いの空気のなかで気持ちを満たして、それを編み込んでいる。そんな空気感やすべてがいまのfua accessoryの商品には詰まってるんですよ」
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それまでのやわらかな語り口から一転、力強く木村さんはいいます。
「同じデザインでもギスギスした気持ちを引きずって編んだものは、なにか違う。そういうのは全部ボツになります。だからこそ、簡単にお客さまにはお渡しできないんです。うちは対面販売だけなのですが、それは、直接お客さまにお会いして私たちの手からお渡しすることで、たしかに伝わるものがあると思っているからなんです」

不器用ながらいつも一生懸命だった木村さんが、ようやく見つけた「自分だからこそできること」。そのヒントは昔からあたり前のようにそばにあった、お母さまの編み物にありました。

遠回りしちゃった、と笑う木村さんですが、その時間さえもきっと、fua accessoryを成す大切なパーツのひとつに違いありません。
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そのジュエリーに時を経たような魅力を感じるのは、木村さんや編み手さんが重ねた時が編み込まれているから。


ほかの誰かに受け継がれ、fua accesooryはさらに時を重ねていきます。

身につける女性もジュエリーも、ともに少しずつ、その美しさに深みを増していくのです。時を刻むアンティークのように。


(取材・文/西岡真実)
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fua accessory|フウア アクセサリー 

どこかアンティークを感じさせる風合いと繊細さが魅力のfua accessoryは、2010年、木村久美子さんひとりからスタートしたジュエリーブランド。「時を編み込む」というコンセプトで、極細のミシン糸を編んで作るジュエリーは、現在、6人の編み手さんがひとつひとつ丁寧に手作業で制作している。アトリエやインターネットの販売は行っておらず、展示会での対面販売のみ。

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